2008年1月20日日曜日

柳美里的私小説

今年正月~今までに柳美里の私小説5冊半読みました。いきさつはこういうことでした。
昨年末運転中のラジオで彼女のインタビューを聞いていました。それは最近出版した「柳美里不幸全記録」に絡めてのもので、彼女の鋭敏すぎる感受性と過激な行動にいささかの興味を持ちました。それに彼女はフルマラソンを完走した経験というではありませんか。これで余計興味をそそられました。(私はかって市民ランナーでフルマラソンは20回完走しています。)早速アマゾンで購入して読み始めてみるとそれは

彼女が16歳から10年間生活を共、しかし今は亡くなった東由多加に向かっての日記という形式をとった2001年から2006年までの生活記録でした。

同書は二段組800ページの大冊ですが、読み進んでみると彼女の子供の男親が東ではないようなので、そこのところの事情を知りたくなって

「命四部作」(文庫本4冊)「フルハウス」を読むことになったわけです。

「命」を読むと柳は身ごもると男に捨てられ、その後再会した東は咽頭がんを宣言される、「一つの命が確実に失われ、一つの命が確実に誕生する」という状況で二人は再び同居し出産と闘病に取り組むという異常な生活の記録なのでした。まあ話せば長くなりますが出来るだけ簡単に所感を述べれば

①これが私小説というものかと実感しました。どこまでが真実か本当のところは分かりませんが、ありのまま+筆者の感情の動き(激しい)の記録のように読み取れます。

②第一の印象は末期がんのすさまじい苦痛です。東は咽頭がんを宣言され、それが多臓器に転移して9ヵ月後になくなるわけですがその苦しみ方は並大抵ではない。大変くらい気持ちになります。こんな恐ろしい病気にならず楽に死ねる方法はないものでしょうか。高年者の相当数の死因が癌とのことですから恐ろしいですね。

③「命」に登場する人物も特異で、類型的に言えば
ー見返りを期待しないで人に厚意を尽くす(仮にー型とします。)
ーろくに感謝もせずに他人の厚意、尽力を受ける(+型)
ー相手によって両型を使い分ける。
に分かれるように思えます。

④東(劇団東京キッドブラザースの主宰者でした。)は+型で柳や元劇団員の女性から献身的な看病を受けます。何しろ日本で認可されていない薬の投薬のために「イエスの方舟のおっちゃん」のように取り巻きをつれて(他人の破格な厚意に負担を感じることなく)米国の病院に入院したりするわけです。

⑤柳は東にはー型なのに、他の人(たとえば出版社の担当者)には+型となります。
当然のように私用を依頼する。日常しばしばなのですが、いささか過ぎているのは
ーノムヒョン大統領就任式に本人が招待(日本からは6人。大勲位元首相、平山画伯など)された際、母親の強い希望で式典同席することを依頼し実現させる。
ー地方講演に招かれると母親、子供、子守り同道で出かけ豪華な温泉宿を楽しむ。
などの記述(不幸全記録)が出てきますが、これがなんとも自然体で、いかにも当然のことのように書いているように思ってしまいます。

私は多年酒造メーカーに勤務していましたが、この業界では流通のほうが強く、わがままなお客の要求にさんざ苦労をさせられたものでした。書籍の世界ではメーカーたる作家と流通たる出版社の関係は逆で、作家断然優位にあるようです。それは柳が有名作家で、その作品がビールなどと違って他に変えがたいものだからなのでしょう。それでも私はこれは品性の問題もあるのではないかと思いますが。実業社会ではこういうのは公私混同と言います。

⑥また表現のぶれも大きくて、東を看病するときの情感あふれる文章がある一方、敵対する相手や、悪感情を持っている人間に対する、罵詈雑言、冷酷な文言には驚きます。捨てられた男に対してはともかく(彼に対してはむしろ時々優しさが現れる。)例のモデル問題裁判で原告側に立った意見を述べる人たちへの非難の強烈さ、実の妹を語るときの一片の愛情もない酷薄さなどなど。
今売れっ子となった佐藤優(外務省のラスプーチン)の「国家の罠」はドキュメンタリー的自叙伝(こういうのは私小説とは言わないだろうと思います。)で、これにも沢山敵対する人物が登場するが、彼は悪態らしい悪態は一言も発していない。まことに好対照だと思います。

⑦そう言えば「柳美里不幸全記録」という書名も、いまや「ててなし子」は珍しいことではなく、それもベビーシッター付きで育てているのでは一向に不幸には見えないませんが。それでも彼女は自分が不幸と思っているのでしようか。

⑧マラソンは初回が4時間50数分、二回目が4時間29分が彼女の記録、私の場合初マラソンが4時間45分、二回目がホノルルマラソンで4時間15分、4回目で初めて4時間を切ることが出来た。
市民ランナーではサブスリー(3時間をきるランナー)は雲の上の存在
           サブフォー(4時間をきるランナー)が平均的ランナー、あるいは市民ランナーと認め     られる水準
で、彼女の小説家としての超多忙な生活から見れば立派と思います。私の記録と30ないし40分しか違わないと言うべきか30分も違うと言うべきか迷うところです。

などといささか悪口を言いながら5冊半(半と言うのは全記録800ページのうちまだ400ページと少ししか読んでいないからです。)も短期間に読んでしまったのは彼女の筆力といささか異常な環境に興味をそそられたからだと思います。
しかしこの辺で彼女の小説を読むのは打ち止めにしようかなと思います。

よし

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

yoshi様 初めまして山本と申します。  リタイアに後、2年少しの若輩ではありますが、ブログ楽しませてもらっております。 忙しいから本読めないなんかいえません、柳美里のこと少し違ったイメージ?でしたが、本読んでみます。   今頃、なんですが、一昨年クルーズ時YOSHI様の長靴お借りしました、有難うございました。   ブログ開設おめでとうございます。