2008年4月29日火曜日

ニューヨーク三人会にゲスト出席


 春の宵、上野公園にあるとある料理屋で開かれたニューヨーク三人会にゲストとして参加。(上の写真)
男性はキリンHDの大島さん(現監査役)。女性はパーティフーの石井たみこさんと中川さん。
 大島さんがキリンUSAの社長でNY駐在時代にお二人が現地を訪ねていったことが縁でこの会合が続いているとか。現役時代にはお三方とも良く仕事でご一緒した。皆さん現役バリバリでお忙しそうだったが、昔話にお付き合いいただき、お酒も適当に入って楽しい宴となった。歳をとるとこういう会合の楽しさもひとしおだ。
よし

わが町麻生は日本一の長寿地域



 新聞報道によるとわが町川崎市麻生区は横浜市青葉区についで男性の平均寿命が第二位の地域という結果が公表されたとのこと。両地域とも81.7歳ということだからそのさはわずか。だから日本一といってもいいだろう。
 自宅の車庫上のベランダから写した町の様子が下の写真。環境が人の寿命に影響するかどうか分からないが、この地域には市街化調整区域も多く、住み心地のよい田園都市である。
 この町にはもう30年近くすむ。上の写真が自宅。木造住宅の償却年数は確か30年だったと思うので、私も家も後期高齢者入りが近い。
よし

2008年4月23日水曜日

外秩父七峰縦走ハイキング





 4月20日(日)恒例となった「外秩父七峰縦走ハイキング」に参加しました。大会自体は今年で23回ですが私は5回目となります。このコースは最高峰が850m程度の低山ですが、小川町から寄居まで7つの山を上り下りし、その総距離は42kmに及びます。


 若い登山者や足自慢のつわものはこれを一日でこなしますが、私は例年半分の距離を歩いています。大会規定によれば2年間にわたってコースを踏破しても完歩賞がもらえる仕組みになっているからです。


 今年は第一峰である宮ノ倉山までは小川町からのAコースではなく、竹沢駅からのBコースを取ることとしました。これは小川町からのコースは宮ノ倉山直下のくさり場が大変な混雑になるのを嫌ったためでした。出だしは順調に進んだのですが、両コースの合流点付近で大渋滞(写真上)、人数も多い上連日の雨で登山路がぬかるみ、スッリプしやすい状態のためもありました。ここで45分くらいのロスタイム。

第二峰の笠山に向かう途中でも渋滞がありここでも20分くらいはロス。

それでも荻平丁字路付近では例年通りの花がきれいに咲いていました。


 今年は帰りに寄りたい所があって、小川町発3時の電車に乗りたかったので、笠山峠から白石車庫に下山。歩行距離は19.2kmでした。いつもは白石峠までの22kmを歩くのですが。今年はロスタイムもあり予定した距離を歩けませんでした。

来年は少し大変ですが笠山とうげからの23kmに挑戦します。
この大会には体力の続く限り参加するつもりです。


よし


2008年4月22日火曜日

Kick Off Party

古稀クルーズ・クルーで何はともあれ乾杯!



                                          
                             綾部教授





                  







菊地さん→


  
                         
                     塩川さん→












郷画伯(示現会会友)→

  
                 







       加納さん→























                                    


 4月21日の昼下がり、新宿のKirin Cityに今夏カナダの古稀クルーズに参加する小石川高校同級生6名が集合した。メンバーはいずれも昭和32年3月同高校を卒業した面々で綾部さんを除いていずれも今年古希を迎える。綾部さんは当時から抜群の英語力(だけではもちろんないが)でAFSの米国留学を経験したため1歳年長ではある。


 はじめに榎本よりクルーズ計画の概要を説明、その後お酒も入って懇談となる。まずは近況報告。

菊地さんは長年勤務したIBMに現在も顧問として勤務。カスタマーサービスを担当している。来月はクライアントを引き連れて2週間米国出張予定の由。その積極的な行動力は昔と変わらない。


綾部さんはつくば大学教授を定年退職後、某私立大学に招かれて教授として現役である。英語と社会言語学とコミュニケーションの講座を持っている。なにやらずいぶん多岐な分野にわたっているようで一度じっくり社会言語学なるものがどんな学問なのか聞いてみたい。


塩川さんは旧国鉄を民営化の時期に退職、その後JR傘下の会社に勤務していたが、最後は池袋のメトロポリタンホテルの社長、会長を歴任、昨年退任したばかり。本人はやっと仕事から解放されて「少し長く働きすぎた」


郷さんは引退後昔から得意だった油絵を本格的に続けているようで、最近も示現会会友として、大作を展覧会に出品。しかし「Vancouverは東海岸だったよな」という発言は相変わらず。


加納さんはブリジストン退職後もエンジニアとしての技術を生かして週2回顧問として{隠居仕事」(本人曰く)をしている。


 その後はいつもの同窓会同様昔話に。男性陣の定番の思い出は修学旅行で最後の晩十和田湖畔のホテルに泊まり、部屋に集まって酒盛りをしていたところを担任の山川先生に見つかって絞られたこと。「何を飲んでいるんだ!」と一喝されて「ジュースです。」と窮した一人が答えると「泡の出るジュースがあるか!」としかられた。その山川先生は確か腎臓病で早くなくなってしまった。


 初めて聞いた話は綾部さんが留学に出かけた時は、横浜から船で2週間かけて米国に渡ったとのこと。さらに当時の名物校長沢登さんが港まで送りにきたそうな。
楽しく2時間余りを過ごしてクルー同士のコミュニケーションを図り、まずは第1回の会合を終了した。
このメンバーなら楽しいクルーズになりそう。みんな健康に留意して海を楽しみましょう。
よし


 












                                                       

2008年4月19日土曜日

片桐桜子さん









 2年半ぶりにお目にかかった片桐桜子さん。


2005年5月から6ヶ月間私はVancouverのBobさん


のヨットスクールに通っていましたが、同時期に一年間滞在していた女性です。


もっともど素人の私と違ってれっきとした「レーサー」でレベルがまるで違いました。




 このブログを見てmailをいただき久し振りで一杯やることにしました。Canadaでは(本人いわく)ユニクロルックだった彼女、いまは髪形も変わり当夜は写真の通り見違えるようなシックないでたち。登戸のKirin Cityで落ち合いました。(写真中と下)




 今はイタリアのクルーズ会社に籍を置き、豪華客船のレセセプショニスタとして働いているとのこと。


うーん!? Canadaで彼女の英語を聞いた経験のある私にはちょっと信じられない話でありましたが。


「男子三日あわざれば刮目してこれをみるべし」という古言がありますが、女性もまた同じということなのでしょう。最も当夜は彼女の英語は聞けませんでしたが。




 次回のクルーズはこの22日に出発、11月まで主に北欧をクルーズするとか。唯一の日本人スタッフということで外人にはモテモテとのこと。若い人は羨ましいですね。




 Canada時代の話がはずみ、つい調子が出て帰途目についたフィリッピンバーに「スペイン語の練習」と称してはしご。ところが(いささかとうのたった)フィリッピン娘は英語は出来るがスペイン語は話せない。フィリッピンではスペイン語が公用語だと思っていましたが。


ホステスの写真を撮ることは禁止とかで、それではと桜ちゃんとツーショット(上)




 適当なところで切り上げて登戸駅に向かうと、なんと事故で電車は不通。Taxiは長蛇の列。桜ちゃんの友人に助けを求め、彼女の車に厄介になりました。なかなか楽しい夜でした。




 桜ちゃん元気で行っていらっしゃい。帰国したらまた連絡してください。


 

2008年4月17日木曜日

Bobさん来日

いささか旧聞に属しますが、Bobさん3月半ば頃から来日されていた由で、時間が取れた先週の水曜日(4月9日)銀座のKirin City Plusで落ち合いました。
私も最近はあまり銀座にはでませんが、やはりここは日本を代表する町であると感じます。VancouverのRobson通りよりずっと魅力的ですねという会話から始まり、例によって博覧強記のBobさんとの会話は、例のイージス艦事故の話、日本の官僚の頭の硬さあるいは自己利益中心主義、最近読んだ本の話題、Bobさんの大嫌いな某大国の所業について、さらには得意の日本の鎖国政策の正当性についてなどなど、尽きることがありませんでした。
「この店のビールはおいしいね」とお褒めの言葉も頂戴し、楽しい時間を過ごしました。

よし